Sunday Carpenter's blog 〜アップライトベース自作してみた〜

ずっと作りたかったベースの製作日記を軸に、日曜大工、音楽、猫などその他の日常をするずると綴ります。

思ってたのと違った

前回の続き

 

 

高校の吹奏楽部でコントラバスを担当することになった

やさいですが、しばらく経ってみて自分の安直な判断を

後悔することになります。

 

まず、前にも書きましたが教えてくれる人がいないので

最初はほんとにちんぷんかんぷんでした笑

一度、顧問の依頼で講師の先生を付けてもらったのですが、

その時に教わったのは弓の持ち方、弦の押さえ方、

チューニングなどほんとに基礎的なことばかり。

 

楽器に限らず何かを始めたばかりの頃って、経験のある人に

癖や悪い部分を補正してもらいながら技術を身に付けて

いくと思うんですけど、ぼくは教わった時のまま

だましだまし3年間過ごしてしまいました。

今考えてもなぜ教本を買ってメソッドを勉強したり

しなかったのか当時の自分を責めるばかりです…。

 

当然合奏中はよく怒られました。

指摘されるのは毎回ピッチ(音程)のことなんですが、

半年目ぐらいからは自信無いところは当て振り

ごまかしてましたからね笑

チューバ3本もあるともう弾かなくてもわかんないですよ笑

(ほんとはバレてたりして)

 

あと、3ヶ月ぐらい経つと未経験で入部した子も結構

形になってくることが多いと思うんですけど、

その中でも未経験で打楽器パートに入った女の子が

バリバリ叩いてるのを見たときは割りとショックでしたね…。

 

だいぶ端折っちゃいますが、そんなこんなで他の部員との

深い交流や友人関係、甘酸っぱい青春も経験せず、楽器も

上手くならないまま体たらくな高校時代を終えました。

 

元々社交性のある方ではないので交友関係云々はいいのですが、

中学のときは楽しかった部活が全然楽しくなかったのは

ちょっと心残りでした。

学校が楽しくなかった理由は他にもいろいろありますけど、

まぁ真面目にやらないんだから面白いはずないですよね。

 

大学に進学してからは吹奏楽は続けず楽器からも離れて

過ごしていたのですが、夏休みのある日、夕食後

点けっぱなしになっていたテレビが耳に留まります。

それはBSで放送していたモントルー・ジャズフェスティバルでした。

リラックスした曲なのにやたらとベースが弾きまくってて

釘付けになって聞いていると、横にいた親父が

 

ニールス・ペデルセンだよ」

と、一言。

 

知ってんの?! そもそも有名なのか…?

すると親父は、

「この人は昔バド・パウエルのバンドで…」と得意の薀蓄を

垂れ流し始めました。

まぁ、毎度のことあんまり聞いてないんですけど笑

 

自分がベースをやっていたときは何も考えずに配られた

譜面の通り、先生に言われたとおりに演奏するだけで

それが何なのか、バンドの中でどういう役割を担って

いるのかなんて考えたことなかったんですね。

ベースってこんなにカッコいいんだ…と、

とにかく衝撃でした。

 

そして、まぁありがちなことではあるんですけど、

ベースから離れてからベースの何たるかを知り、

そして思いました。

 

もう一度ベースやろう!

 

ただそうは言っても買う金はないし、フルサイズのベースを

置く場所もない。どうしよう…

 

「…造るか。」  また安直な…笑

 

そう決めてから十余年。

やっとある程度構想がまとまり、材料もそろってきたので、

2度に渡った前振りも長くなりましたがいよいよ始めます。

 

次は大まかな設計、買い揃えた材料について書こうと思います。

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やさい